Andis Company History - 95年以上続くアンディスの歴史ぜひアンディスについて知ってください!

Andis Manufacuring Office

プロローグ

"Andis Company" のルーツは、1920年代初頭、マシュー・アンディスの時代に遡ります。
ミッチェル自動車社で働いていた彼は、自分のビジネスを始めることを決意し会社を去ります。ツールメーカーとしてアメリカ、ウィスコンシン州ラシーンで会社を始めます。
そこに、ジョン・オスターとヘンリーメルツァーが彼の家を訪れパートナーになるよう依頼し、結果、"Andis O M Manufacturing" が誕生しました。彼らの冒険的な事業は急速に成長し、程なくして工具と金型の会社は、手動の非電動バリカン用のブレードを生産するための機器を製造する契約を結びました。

ただし、このパートナーシップは約1年間しか続きませんでした。

3人が各々の道を進む決断をし、それぞれが会社を始めました。
AndisはすぐにAndis電動バリカンを開発し、1922年に "Andis Clipper Company" として法人化され今日の "Andis Company" に発展しました。ラシーンは電気モーター、特にフラクショナルHPモーターの生産が盛んな地域でした。Hamilton Beach(ハミルトンビーチ社) のような地元企業、InSinkErator( エマソン・エレクトリック社)、Dremel(ボッシュ社)、およびアンディスは、この技術を使用してブレンダー、生ごみ処理機、および回転工具を製造しました。

Andis Clipper がより小さく、より速く、より高いパフォーマンスを実現したことで競合バリカン製品に差をつけました(当時発売されていた他のクリッパーよりも)。
このクリッパーは、今日のマスタークリッパー(Master® Clipper)の第一世代であり、いまだにアンディスの最も人気のあるモデルの1つです。 当時の工場(作業場)はアンディス家の地下です。家族はそこでクリッパーの組み立てを手伝い、マシューは彼らと共にラシーンとその周辺のバーバーにドアツードア(訪問販売)で売り歩きました。

それから、そう長くない期間のうちに全米の多くの理髪師がアンディスバリカンを採用したため、同社はより多くの製造スペースが必要となってきました。当初、アンディス家の地下を経て工業用建物のスペースを借りていましたが、成長が進んだため、アンディスは再び移動する必要がありました。 そして、次は16,000平方フィートの敷地に新しい工場施設を用意しました。

第2世代 1938 - 1971

ウィスコンシン州ミルウォーキーにあるマルケット大学で電気工学を学んだ技師であるマシュー・G・アンディスジュニア(3代目)は、1938年に社長に就任しました。彼の父親は健康を改善する為、気候が穏やかなフロリダに住むと良い、という医師の勧めに従いフロリダに移りました。彼は行動を起こして30歳の息子を代表取締役に昇進させ、自身は92歳まで生きました。
マシュー・G・アンディス(2代目)は、現在でも人気の T-アウトライナー(T-Outliner® Trimmer)のデザインで面影を残しています。
父親と同じように、彼は年齢的に早い時期からビジネスに取り組む機会があり、それらの経験を活かし最高品質のバリカンを開発することに集中しました。
そして、アンディスはマシュー・G・アンディスの指揮の下で1930年代の間にアンディス製品を輸出し始めました。

第3世代 1971 - 2010

1971年2月、マシュー・L・アンディスは32歳で会社の手綱を手渡されました。その時代、カルチャーとしてビートルズがとても人気がありました。そうしたカルチャーの影響で髪型の流行も一夜にして変わった為、バーバーと美容業界は大きな衰退を経験しました。Andisは、多くの創造的な方法で拡大することでその状況に対応しました。まずは、ヘアドライヤーとヘアアイロンを製品ラインに追加しました。高速で強力なダイレクト・ドライブ・ロータリーモータークリッパー(直結駆動回転モータークリッパー)でペット、馬、羊(馬毛や羊毛供給)といった動物市場に参入し、結果、市場の大部分に浸透しました。そして、世界中のホテルの部屋に設置された最初の壁掛け式ヘアドライヤーを導入しました。この間、アンディスカンパニーは、国際的な需要の高まりに応えるためにアジアでの製造拠点を開発しました。成長レベルで言えば最大級の成果は、マシュー・L・アンディスの創造的なリーダーシップと革新によるものです。

第4世代 2010 - 現在

マシュー・K・アンディスは2010年6月1日、38歳でアンディスカンパニーの社長に指名されました。 2017年に共同社長に指名された妹のローラ・アンディス・ビショップと共に会社を導き、組織としての責任を共有しています。


アンディス四代目は、先代が教えてくれた価値観を日々の生活に取り入れて成功することを決意し、尊敬の念とコミュニケーションを重視した家庭的な運営を行っています。 「会社は大きな責任を負っています。自分たちの家族だけでなく、多くの家族がいます」従業員間の強い絆が、家庭的な環境を永続させるとアンディス夫妻は信じています。卓越性と誠実さがすべての人のパフォーマンスを牽引する一方で、会社の継続性と安全性を確保することは非常に重要です。会社の継続性と安全性を確保することは非常に重要です。 そのため、第5世代への移行を成功させるための計画が進められています。

今後の展望は?と尋ねられたら

アンディスは今後も新製品でイノベーションを起こし、市場のニーズに耳を傾け、すべての市場に真の価値を提供していきたいと考えています。簡単に言えば、人々の身だしなみを良くし、気分を良くする商品を提供することです。会社をそのビジョンに導くため、遺産とルーツに忠実でいることが必要です。第四世代では戦略的なプランニングプロセスを開発しました。

アンディスは世界的に成長を続けています。約80年前、アンディスはヨーロッパに製品を導入し、現在では世界の90カ国で製品を販売しています。理容師、ヘアスタイリスト、グルーマー、そして一般のご家庭で使用する消費者はどこでもアンディスのバリカン(クリッパー、トリマー)、ドライヤー、ブレードに手を伸ばすことが可能です。彼らは最高のパフォーマンスを発揮するツールに頼りたい場合は、アンディスバリカン、カールアイロン、ストレート(フラット)アイロンを使用します。

現在、アンディスはウィスコンシン州スターテバントのラシーンの近郊にある160,000平方フィートの施設で400人以上の従業員を雇用しています。最高品質の製品を確保するために無駄のない製造原則が実装されています。製品の継続的な革新、長期的な戦略、献身的な労働力の推進により、"Andis Company" にはさらに多くの素晴らしいことが待ち受けています。

アンディスの現在

製品は、バーバー(理髪店、床屋)や理美容ヘアサロンの専門家(理容師/美容師/理美容師/ヘアデザイナー/ヘアクリエイター/ヘアアーティスト)、一般消費者、ホテル、モーテル、リゾート、ペットショップ、馬毛や羊毛供給業者によって世界の90か国以上で愛用されています。

2020年、日本企業と正規代理販売契約を結び、日本国内におけるアンディスバリカンの存在がより身近となりました。古くからのアンディスファン及び新しくアンディスを知ってくれたユーザーに、アンディスの情熱とツールをお届けします。


(※挿画像は各年代のイメージに合わせて構成しています。実際に広告等が発行された年月とは関係はありませんのでご了承ください)